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目白バースハウス(目白助産所)

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【Hさんの場合】

一人目は病院で、二人目は助産院で、三人目の今回は自宅で出産しました。

 3人目を妊娠いたしまして、「自宅出産」をと強く思い,さっそく自宅出産の希望を受け入れて頂ける助産婦の先生を探しました。

 その前に、1人目、2人目の出産時の事を、少しお話しさせて頂きます。

 1人目は病院で出産。初めての出産で不安だらけでした。病院の先生は、毎回マニュアル通りの診察で、私の不安な思い、体の不調を話しても、眉間にしわを寄せて、妊娠しているのだから、不調はしょうがないでしょうとばかりに胃が痛いのなら胃の薬、腰が痛いのなら痛み止めの薬、貧血気味なら増血剤、すべて薬で解決されてしまいます。しかし私はどうして、夜も寝られないくらい胃が痛くなるのか?原因が分からなければ、薬を飲んでも又痛くなる、そのくり返しです。

 病院の先生は、薬の飲みすぎはお腹の赤ちゃんによくないと言いながら、大量に薬を処方し、「この薬は、胃にふたんをかけますので、気持ち悪くなる事があります、気持ち悪くなったら又、こちらの胃薬を飲んでください、この胃薬を飲むと頭が痛くなったり嘔吐する場合もあります、その場合は先生にご相談下さい」と薬剤師に言われ診察料金とは別に薬のお金も払い、薬を飲んでもあちこち悪くなるのだったら、と思うと、飲む気もせず、しかし、薬を飲むしか方法はありませんでした。体の不調は、ますます悪くなるような気さえ感じました。

 そして、病院での出産は、陣痛促進剤の点滴から始まり、分娩室では会陰切開、促進剤の注射、とまたまたマニュアル通りの出産でした。無事赤ちゃんは産まれましたが、産後、会陰切開して縫ったところがとても痛くトイレに行くのもやっとでした。お産で疲れているのに、健診は診療室まで行かなければならず、3階から1階まで行くのですが歩くのがやっとで、そのうえ、またその痛いところを内診されて痛さが倍増し、抜糸の時など、飛び上るくらいの激痛で、疲れのあまり熱が出たりと、精神的、肉体的に苦痛な入院一週間でした。

 痛い陣痛を乗り越えて出産し、産後もこんなにつらい思いをしなければならないのと思った事が、私の初産の感想でした。

 そして、3年後、2人目の妊娠、もう、会陰切開や、マニュアル通りの診察等、人を、物のように扱う病院が嫌でしたので、今度は病院ではなく助産院を必死で探しました。その頃は、千葉県に住んでおりましたので、千葉で探したところ、あまり件数がなく、知り合いが助産所を紹介してくれました。助産婦の先生は90歳という高年齢の先生でしたが、何千人と赤ちゃんを取り上げている先生で、はじめは、とても不安でしたが、先生にお会いするたび、いつも驚かされ、そのたびに安心させられました。私がビックリしたのは、お腹を触っただけで、「今日はまだ、便が出ていませんね」と当てられてしまったり、赤ちゃんの位置、大きさなど、先生の手だけで分かってしまう事に大変びっくりしました。

 信用できる先生におまかせして、2人目は予定日の朝に陣痛がきて、夕方の4時頃無事産まれました。病院の分娩台に乗らなくても、手を上にあげて、足を開かなくても自然にふとんの上で産むことができました。出産後、何一つ痛いところはなく、又、体の不調も全然ありませんでした。本当に、精神的、肉体的にも、安静にさせて頂いた入院一週間でした。

 今回3人目を妊娠して、病院と、助産院での出産があまりに違う事を知った私は、もちろん、助産婦の先生に取り上げて頂きたく、そして、今度は自宅で産んでみたいと思いました。東京に引っ越して参りましたので、近い所で探して見ようと思い、主人と相談し自宅出産希望で、自然分娩してくれる先生を探すことにしました。主人が助産院情報誌などで色々調べて、何となくここかけてみようかなと電話をし、お伺いさせて頂く事になりました。

 主人と2人で目白バースへ行き、自宅出産を希望している事、自然分娩で薬を一切使わないで欲しい事をお伝えし、今までの出産経過、その時の様子などをお話しさせて、頂きました。星野先生は私の話を聞きながら1つ1つ分かりやすく、答えてくださり、また、土屋先生も、ご自分の出産体験などをまじえて、妊婦さんの立場になって、お話ししてくださいました。私は是非、先生方に、今回自宅出産をする上での最大の協力者になって頂きたいと強く感じ、お願いさせて頂きました。

 健診のつど、星野先生は時間をかけて、病院ではゼッタイ教えてもらえない、一番大切な、妊婦さんの心の問題や、赤ちゃんへの影響、そして妊婦さん1人1人個人差があり私の場合は、こうした方がいいと適切に教えて頂きました。自宅出産なので、できるだけ、リラックスできる状態にしておくことや、上の子供2人への配慮など、「もうすぐ赤ちゃんが生まれる、兄弟ができる事などわかるように、例えば、健診に一緒につれて来るとかすれば、子供なりに心の準備ができる様になっていくんではないかしら」と言って頂き、私は、あの、やんちゃ2人を連れてきてもいいのかと、病院の先生からはゼッタイに言って頂けない言葉でしたので、びっくり致しました。

 又,先生は産まれた瞬間から、お母さんと赤ちゃんが一緒にいる大切さは、これから子育てをする上でとても重要になってくるという事など教えて下さいました。健診時に、教えて頂く度に、おなかの赤ちゃんへの思いが、とても強くなっていくような気がしました。この子の為、家族の為に頑張ろうと、母としての強さを研ぎ澄まされるようでした。

 そして、10ヶ月(臨月)に入り、予定日を過ぎても何の前兆もなく、3日、4日、一週間が過ぎた時、「何か、気になる事や、不安な事、悩んでいる事などありませんか」と先生が言うので、ぜんぜん悩みがない訳などなく、自宅出産ということで、今まで私なりに頑張ってきましたが、思い起こせば、妊娠初期の頃、3人目が出来たという事がわかった時に、経済的な事や、住宅事情などを考えて何度もおろしてしまおうと病院へ行ったりした事もあり、今思うと本当になんて恐ろしい事をしようとしたのだろうと、申し訳なく思っていました。

 色んな事を乗り越え、出産近くになり、毎日が緊張で、自宅(家)の環境はというと落ち着くという状態ではありませんでした。すぐ隣に住んでいる私の母は、毎日、毎日「まだ陣痛こないの、羊水が汚れてよくないのではないか」と、私の顔を見る度言うし、友達は、「陣痛がきたら、手伝うから」と、夜遅くまで、ずっと私の家にいたりと、私は、先生に今までの事や、今現在の状況等詳しくお話しさせて頂きました。
先生は、「遅れている原因が分かりました」とにっこり笑って、「まずは、赤ちゃんにおろしてしまおうとしていた事を、心から謝って、安心して、産まれておいでって心から言ってあげて下さい、そして隣に住んでいるお母様にも、予定日過ぎているから、静かに見守ってねと伝え、お友達は出入り禁止にしなさい、それでも、周りがうるさかったら、私がそうしなさいと言ったと、全部私のせいにしなさい、今あなたがするべき事は赤ちゃんを産む事なのよ、それだけ考えて後の事は考えない」と言って下さいました。私は、心の中のもやもやを先生に聞いてもらい、一気にすっきりしました。

 そして、自宅の環境も整え、精神的にも落ち着いた2日後の夜、2人の子供達を寝かせながら、小学校2年生の長女が「赤ちゃん、全然出てこないね」と言うので、私は「じゃ出てくるように言ってみようか」と子供達2人と、「早くおいで、怖くないよ,抱っこしてあげるからね」と私のお腹をさすっている子供2人の姿を見ていると、なんだかあついものが込み上げてきて、ごめんね、ごめんね、いっぱい心配させちゃって、お母さんが守ってあげるからね、安心して出ておいで、、、と赤ちゃんに心の中で言い続けました。

 いつの間にか、子供達は寝てしまい、午後9時ごろトイレへ行こうと、立とうとした時、破水している事に気が付いて、急いでトイレに行くとおしるしがあり、すぐに先生に連絡し、先生はすぐに来て下さいました。陣痛はまだ軽く、生理痛のちょっと痛いような感じでした。私は、いつも9時過ぎには寝てしまう生活でしたので眠く、先生に、「眠たいんですけど、寝ていいですか?でも、歩いたほうがいいんでしたっけ」と言うと、先生は「自分がしたい事をすればいいのよ、りラックスする事が一番ですからね、どうぞ寝て下さい」と言って下さったので,寝かせて頂きました。

 しかし、ジワジワとお腹は痛くなるのがわかりました。でも疲れていたので横になっていました。何回かトイレへ行って便を出し、夜中3時ごろ、もう横になれないくらいの痛さになり、先生に「もう痛くて寝られません」と伝え、小さなコタツのテーブルに、うつ伏せて顔をふせ、ちゅう立ちの格好で陣痛に耐えておりました。ちなみに主人はそんな中、ふすま一枚隔てた隣の部屋で、グーグー寝ておりました。もちろん子供達2人も夢の中、自宅出産といっても主人や子供達に赤ちゃん誕生場面を見せたいという思いはあまりなく、どちらかと言えば、先生と私だけで出産したかったので、先生が、「ご主人起こしてきましょうか」と言って下さいましたが、陣痛の最中、とっさに首を横に振っておりました。私にとっての自宅出産は、母子ともに安心した境地でのお産が希望でしたので、周りでウロウロされても気がかりなので、寝ててくれてとてもラッキーでした。

 午前4時、陣痛が、物凄く強くなってきました。痛くて、息もすえない程の痛さです。その時、先生がおっしゃっていた事が頭をよぎりました。「陣痛がきたら、陣痛に感謝しなさい、イタイ、イタイと叫ばないで、サンキューサンキューって叫べばすぐ出てくるわよ」。陣痛と陣痛の間の休みに、そんな事を思い出し
心の中で、「陣痛が痛くないと産まれてこれないんだ、感謝、感謝だ」と思っていると、ものすごい痛さの陣痛に襲われ、すっごい痛さで私はその痛さから逃げようとする自分をぐっと抑え、お腹の中の赤ちゃんに、「お母さんが、あなたを守ってあげるから、安心して出ておいで」と、陣痛の痛さを受け止め、赤ちゃんの為だけに必死で頑張りました。

 先生は、「お腹に当てるように、右の片足を立たせて、ゆっくりでいいわよ」と言われ、必死で足を立たせると、徐々に赤ちゃんが降りてくるのがわかりました。「どんどん赤ちゃんが降りてきてるわよ、がんばって、」と先生は、私の背中をさすりながら、そのつど,体勢や呼吸法、そして安心するような言葉をかけ続けて下さいました。赤ちゃんの頭が出てきた瞬間、先生は「あっ!この子、目をあけてるわよ」と言った時には、なんだか、ふき出しそうになりました。そして、私にとって超安産だと言える程スムーズに午前5時08分、2950グラムの元気な女の子が誕生いたしました。その時、どのような格好で出産したのか、今になると何だか分かりませんが、私にとってはとても'いきみ'やすい格好だった事だけは覚えています。

 赤ちゃんは、産まれてすぐに私の乳をチュッチュと上手に飲みはじめ、こんなにちっちゃな体なのに生命のすごい力と、やっと会えた愛おしさと、母親としての自覚がひしひしと湧き上がってきました。出産して赤ちゃんと一刻も離れることなく、住み慣れた家で、安静にしてる事は私にとっては精神的にとても安心の境地でした。先生がおっしゃっていた、「産まれた瞬間からお母さんと赤ちゃんが一緒にいる大切さ」という意味がしみじみ心にしみてきました。

 助産婦の先生の事をもっと前に知っていたら、最初の子の時から出産も、子育てもスムーズにできたかも知れません。私は3人目の出産で、初めて出産を真剣に考えその事によって、子供を強く思い、母として子供を守っていくという強さを勉強したような気がいたします。これから、子供達が大きくなり大人になるにつれ、もっと、もっと親として、色々な問題が出てくるでしょう、そんな時には出産時、子供の事を強く思った気持ちを忘れる事がないよう、母として、人間として、がんばっていけたらいいなと思っております。

 妊娠中、不安で不安でいっぱいでしたが、こんなに楽に出産できたのは先生が精神的な部分を気遣ってくれて、妊娠期間中、先生とのコミュニケーションをとらせてもらえた事だったと思います。星野先生、諸先生方、本当にありがとうございました。心より感謝申し上げます。

 先生は,「私達、助産婦は出産して終わりではなく、出産してから、「子育て」と言う大変な、重大な仕事をしていかなければならない、母親をたすけていけたらいいなと思っています。」と言っておられました。今、親の虐待などが社会的に大きな問題となっています。親の手によって子供の命が失われてしまうというとても悲惨な事件です。もしかして事件を起こしてしまった親達は、妊娠した時点から、悩み、苦しんでいたのではないでしょうか。そんな親達の苦しみを、先生は少しでも解決できればと、強く思っておられる様に私には思えます。先生から学んだことは、一生の宝として強く心に刻み、生命の大切さ、命の尊さを子供達に伝えていきたいと思います。